農業と福祉の融合「農福連携」が注目される理由とは?

農福連携とは、「農業分野」と「福祉分野」が一体となって行われる取り組みだ。

本記事では農福連携が注目される理由や障害者、農家双方が得られるメリット、さらには今後の展望などについてわかりやすく解説していく。

農福連携とは?


農福連携とは、障害者や高齢者などが農業に携われるよう、国や自治体、法人などがそれを支援する取り組みのこと。農福連携の取り組みが進むことで、障害者や高齢者、生活困窮者の働き口を創出できるとともに、農業分野では高齢化による後継者・働き手不足の問題を解消できると期待されている。

農福連携という考え方が広まり始めたのは2016年ごろ。政府が定めた「ニッポン一億総活躍プラン」(2016年6月 閣議決定)においては、社会的に弱い立場の人々が最大限活躍できるような環境整備の一環として「農福連携の推進」が盛り込まれた。

これをきっかけとして、その後「日本農福連携協会」が設立された。全国の農福連携に関わる団体を包括するプラットフォームとして立ち上がり、農福連携の啓発セミナーや農福連携によって生産された農産物の販路拡大などを行っている。農林水産省・厚生労働省・民間企業・NPO法人・農家などが垣根を越えて一体となり、農業における課題と福祉における課題を一挙に解決すべく取り組みがスタートしている。

農福連携が注目を集める社会的背景

それでは農福連携がどうして注目されているのか。ここでは農業分野・福祉分野それぞれの社会的背景を確認していきたい。

  • 農業分野にまつわる諸問題|農業人口の減少と高齢化
日本の農業が抱えている主な課題は、人口減少・高齢化・耕作面積の減少の3つ。まずひとつ目は、農業に携わる人口は年々減っているという問題だ。1997年には414万人だったのが、2018年には半分以下の182万人まで減少したという統計が発表された。

さらにそれに追い打ちをかけるように、従事者の高齢化も進んでおり、1997年から2017年の20年余りの間に平均人口は約7歳も上昇している。そして、耕作面積も同じく減少しており、逆に耕作放棄地の面積は大幅に増加傾向にある。

  • 福祉分野にまつわる諸問題|必要性に迫られる障害者の就職事情
それでは福祉分野はどうか。日本における障害者の総数は2018年の時点で約900万人を超え、全体人口の7.4%にあたる。内訳は身体障害者が約半数、精神障害者は4割、知的障害者は残りの1割というのがおおまかな概況だ。

なかでも特筆すべきは精神障害者の数である。1999年では170万人しかいなかったのが、2014年には倍以上に膨れ上がっており、現代社会の今を反映している。

出典:内閣府「図表1 障害者数(推計)」

このように体や心になにかしらの不安をかかえている方は決して少なくない。そうすると彼らを支える社会の受け皿が必要になってくる。すでに介護支援、職業訓練、自立支援などさまざまな形でサポート体制が整ってきており、現にハローワークにおける障害者の就職件数は年々増加している。

ただ、まだまだ十分な状況とはいえず、さらなる取り組みの強化は不可欠だ。そこで農業・福祉、両面の課題を解決する策として期待されているのが「農福連携」である。

出典:厚生労働省「農福連携の推進に向けた取組について」平成31年 p17

農家や障害者が農福連携で得られるメリット

次に、農福連携によって得られるメリットについて考えてみたい。

【農家側のメリット】

1. 労働力不足の解消につながる
農業者側が得られる一番のメリットは労働力を確保できる点にある。前述の通り、農業分野における働き手不足はかなり深刻であり、そこに「人が来てくれる」となれば願ったりかなったりだ。

2. 社会貢献によるQOL(Quality of Life)向上
障害者へ就業機会を提供することは、まぎれもない社会貢献活動である。このような社会貢献をおこなうことは、農家・農場経営者自身のQOL向上につながると考えられる。

3. 人と人との交流が盛んになり地域活性化につながる
過疎地域においては、人が流入することが直接的に地域活性化につながることも多い。新たに障害者の働き手が増えることで、人と人との交流が盛んになる可能性が高まる。

【障害者側のメリット】

1. 障害者の作業能力を考慮した仕事設計が可能
農作業には、畑を耕すところから、種まき、収穫、発送業務までさまざまなものがある。そのため、障害者一人ひとりの身体状況・作業能力に応じた職場設計・仕事設計をすることができる。

2. 自然のなかに身を置くことで身体的・精神的にプラスの効果を得られる
自然のなかで過ごすことで体にもいい影響が見られる。農林水産省が2014年に発表した「農と福祉の連携についての調査研究報告」では、農業活動に取り組んだ結果、半数近くの方が「精神面・身体面の状況が改善した」と回答している。また、近年植物工場での障害者雇用も増えているが、これは空調設備や温度、湿度などが一定に保たれている環境が、環境面での配慮が必要な障害を持つ人々にとってマッチするためだ。

3. 一般就労への移行につながる
農業は言うまでもなく、体を使う仕事であり朝も早い。農業に携わることによって、規則正しい生活習慣が身につき、一般就労にむけた訓練にもなる。

4. 社会コミュニティへの参加機会を得られる
一般的な事務職であればオフィスにこもりきりになってしまうところを、農業であれば野外で作業することが多くなる。通りすがりに声をかけられる、隣の畑の人と仲良くなるなど、地域コミュニティとの接点もおのずと増えていく。

農福連携を実現できる人や団体とは?


それではどのような人や団体が農福連携を実現できるのかをみていく。農福連携へのアプローチとして大きく2つに分けることができるので、順を追って説明する。

1.福祉分野からのアプローチ
まず挙げられるのは社会福祉法人やNPO法人が農業分野に入っていく以下のようなケースだ。

・農地を借りる(購入する)
・体験農園を利用する
・農家から作業を受託する(施設外就労)

福祉関係の法人が社会福祉事業のために農地を利用する場合は、「周辺の農地利用に支障がないこと」の要件を満たすだけで農地の借り入れ・購入が可能である。もし「一から農業分野に参入するのは難しい」という場合は、体験農園を利用する方法もある。近隣の体験農園や観光農園に対して利用料を払い、障害者施設・介護施設の入所者に農作業を体験させる。これであれば比較的手軽で、低リスクで実施ができる。

もう一つは「施設外就労」という方法だ。これは障害者就労施設が農家・農業法人と契約を結び、農作業の一部を委託してもらうやり方である。施設外就労を新たに始める場合には、農家と直接連絡を取り合う以外にも、役所の障害福祉課や農協が間に入りマッチングをおこなってくれるケースも存在する。

2.農業分野からのアプローチ
一方、農家側から農福連携に取り組む場合には、まずは障害者福祉施設と協力して農業体験イベントなど簡単なところからがはじめやすい。その後、もう少し状況が進めば前述の施設外就労という選択肢や、障害者を直接雇用するということも十分にありうる。自治体やハローワークがこの手の相談を受け付けており、福祉関連団体の紹介だけでなく、利用できる助成金や補助金の案内・解説も行ってくれる。

福祉側、農家側どちらからアプローチをするかに限らず、まずは気軽に始めやすい体験型農業から始めるのがいい。農業体験であれば単日で実施することができ、コストもそこまでかからないのでトライアルとして最適である。

農福連携の今後の見通し

最後に、農福連携の課題と未来についてふれていく。

  • 賃金をいかにして上げていくか
障害者の働き口は増えており、そういった面では少しずつではあるが弱者が生きやすい社会の実現につながっている。しかし、まだまだ賃金水準は決して高いとはいえない。

障害者の報酬である平均工賃月額は1万5000円ほどであり、補助金や助成金に頼っている部分も大きい。「福祉から雇用へ」といわれるように、一般的な給与との開きをいかに縮めていくのかが最終的な課題である。

出典:厚生労働省「農福連携の推進に向けた取組について」平成31年 p26

  • 工賃を上げるカギは、農業の高次化による「付加価値」
農業活動の中身によっても平均工賃月額が異なることがわかっている。たとえば、お米の生産に携わる障害者の工賃は28500円だが、きのこ類では6600円程度。また、食物の生産に加えて、加工や飲食の取り組みをしているところのほうが工賃は高い傾向にある。「食の6次化」は農福連携においてもカギとなり、「生産して出荷する」一次産業にくわえて、さらなる付加価値をいかにつけていくのかがポイントとなってくるだろう。

みんなが生きやすい社会になるために

農福連携がさまざまな社会問題の解決糸口になることはおわかりいただけたと思う。ただ、口でいうのは簡単だが、それを実現するのには「障害者の事故やケガ」「働きやすいような職場環境整備」「業務を教える指導者不足」などハードルが存在するのも事実だ。そういった立ちはだかるハードルを乗り越えるために必要なのは、つまるところ“人と人との連携”である。

農家や障害者といった当事者だけでなく、国・自治体・福祉法人・NPO法人・地域住民、いろいろな人たちの協力が必要だ。それぞれが知恵を振り絞り、アイデアを出し合うことで、一歩一歩ことを進めていくしか方法はない。生きやすい社会の実現のためにも、「農福連携」の取り組みにぜひ期待したい。

<参考URL>
厚生労働省 農林水産省「福祉分野に農作業を ~支援制度などのご案内~」
厚生労働省「農福連携の推進に向けた取組について」
内閣府「参考資料 障害者の状況」

【コラム】これだけは知っておきたい農業用語
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  1. 田牧一郎
    田牧一郎
    日本で15年間コメ作りに従事した後、アメリカに移り、精米事業、自分の名前をブランド化したコメを世界に販売。事業売却後、アメリカのコメ農家となる。同時に、種子会社・精米会社・流通業者に、生産・精米技術コンサルティングとして関わり、企業などの依頼で世界12カ国の良質米生産可能産地を訪問調査。現在は、「田牧ファームスジャパン」を設立し、直接播種やIoTを用いた稲作の実践や研究・開発を行っている。
  2. 福田浩一
    福田浩一
    東京農業大学農学部卒。博士(農業経済学)。大学卒業後、全国農業改良普及支援協会に在籍し、普及情報ネットワークの設計・運営、月刊誌「技術と普及」の編集などを担当(元情報部長)。2011年に株式会社日本農業サポート研究所を創業し、海外のICT利用の実証試験や農産物輸出などに関わった。主にスマート農業の実証試験やコンサルなどに携わっている。 HP:http://www.ijas.co.jp/
  3. 石坂晃
    石坂晃
    1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。会社HP:https://genkai-nozai.com/home/個人のブログ:https://sinkankokunogyo.blog/
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    川島礼二郎
    1973年神奈川県生まれ。筑波大学第二学群農林学類卒業。フリーラインスの編集ライターとして、テクノロジーをキーワードに、農業雑誌・自動車雑誌などで執筆・編集活動中。
  5. 堀口泰子
    堀口泰子
    栄養士、食アスリートシニアインストラクター、健康・食育シニアマスター。フィットネスクラブ専属栄養士を経て独立。アスリートの食事指導や栄養サポートの他、離乳食から介護予防まで食を通じて様々な食育活動を行う。料理家としても活動し、レシピ提案、商品開発も担う。食事は楽しく、気負わず継続できる食生活を伝えることを信条とする。スポーツの現場ではジュニアの育成、競技に向き合うための心と体の成長に注力している。HP:https://eiyoushiyakko.jimdofree.com/
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